高次脳機能障害における能力低下の主張立証
最近自保ジャーナル(交通事故の判例雑誌)を見ていると,後遺障害が中等級以下の高次脳機能障害の事案で,後遺障害等級の裁判上の認定が自賠責の認定より低くなっているものが目立ちます。例えば,大阪地判H27.2.17(自保1947・36頁)では,自賠責7級の高次脳機能障害が裁判上では9級になっています。京都地判H27.3.25(自保1948・1頁)では,自賠責7級の高次脳機能障害が裁判上では12級となっています。
特に後遺障害等級7級~9級といった中等級以下の高次脳機能障害の場合,被害者の能力低下の程度はわかりにくく,被害者にちょっと会ったり話したりしただけでは「普通の人と変わらないのではないか。」という印象を持たれることも珍しくないことかと思います。もっとも,こういった印象を持たれることと,被害者の実際の能力低下の程度が一致するわけではないことはしっかり留意しておく必要があります。
上記裁判例の証拠関係を確認したわけはないため断定的な話はできませんが,上記裁判例では,被害者の本人尋問の結果が大きく裁判官の心証に影響を与え,「被害者の能力低下の程度はそれほどたいしたものではない。」と裁判官考えて後遺障害等級を自賠責の認定より低下させた可能性があると思われます。(大阪地判H27.2.17は「当法廷におけるX(被害者)本人の供述の内容及び態度をも総合すると・・・・社会生活に影響を及ぼす程度のものとは認められない。」とします。)
もっとも,裁判上の本人尋問は主尋問,反対尋問,補充尋問を合わせても通常せいぜい1時間程度であり,(上記裁判例はどうだったのかわかりませんが)こういった短時間,しかも形式張ったやりとりで被害者の能力低下の程度を測ることは実際不可能だし,被害者の能力低下の実態を見誤るおそれがあることには注意が必要です。
「脳外傷者の社会生活を支援するリハビリテーション」(阿部順子編・中央法規)では以下のとおり指摘しています。(以下引用)
脳外傷者特有の認知や行動の障害は,外見から分かりにくいために,援助者も本人も障害を理解することが難しく,短時間の面接やテストなどでは見逃してしまいがちです。医師や裁判官などの前ではごく普通の対応ができる人たちもいます。しかし家族は,そんな場合に1日一緒に仕事をしてほしい,1日一緒に生活してほしい,そうしたら自分たちの訴えていることが決して誇張ではない,事実なのだと分かってもらえると思う,と言います。このように生活の中の一部を切り取って観察しただけでは,脳外傷によって生じた認知・行動障害の全貌を理解することは難しいということを肝に銘じておくことが大切です。
こういった高次脳機能障害の特質について,裁判上しっかり裁判官に伝えていくのは代理人たる弁護士の役割といえるでしょう。